大宮の日本画家北澤楽天

それぞれの地域の歴史の紐を解いてゆくと、さまざまな人の歴史が見えてきます。 大宮市の歴史を振り返るにあたって、北澤楽天と呼ばれる人物の名前が浮かび上がってきます。 北澤楽天は、1876年の明治時代に大宮市で生まれ、昭和におよぶまで漫画家として、また日本画家として、一世を風靡した画家です。

 

楽天は、特に新聞や雑誌に政治に関する風刺漫画や風俗漫画を描いて話題となっていました。 主に執筆をしていた媒体は、「時事漫画」や「東京パック」が有名です。 また、漫画好楽会をスタートさせて、若手の漫画家のサポートにあたっていたことで、「日本の近代漫画の祖」としての存在として崇められていました。

 

今私たちの時代で、「漫画」という言葉をよく使っていて、世界的にも、この言葉で通用するようにまでなってきていますが、この漫画と言う言葉自体は、楽天が初めて使った人でもあります。 日本で有名な漫画家のひとりで、手塚治虫がいますが、さまざまなアニメ多くの子供たちを魅了した作品が多数あります。 実は、手塚治虫が子供時代に大きな影響を受けた漫画家が楽天でありました。

 

楽天がここまでの名声をあげるまでには、なんと言っても洋画の影響が絶大であるとされています。 最も影響を受けたのは、オーストラリア出身の漫画家フランク・A・ナンキベルでした。 楽天は、1955年に脳溢血でなくなりましたが、亡くなった1年後に、大宮市の名誉市民第一号とされ、今現在は、大宮市立漫画会館にたくさんの作品が展示されています。